2009年10月07日

新潟国体 〜平成21年度〜 第64回国民体育大会 剣道成年男子







新潟国体 〜平成21年度〜 第64回国民体育大会 剣道成年男子

先鋒:松本亨之 選手・・神奈川県警特錬員
次鋒:正代賢司 選手・・神奈川県警特錬員
中堅:宮崎史裕 選手・・神奈川県警
副将:宮崎正裕 選手・・神奈川県警
大将:笠村浩二 選手・・神奈川県警

国体の剣道 動画をUPします!!
是非、御覧下さい!

ちなみになんですが、【次鋒】【中堅】【副将】の選手は、
全日本選手権優勝経験者です(汗)
恐ろしい現実・・・・・。神奈川恐るべし・・・・。



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2009年10月06日

宮崎正裕先生:特集 〜平成の剣道〜



宮崎正裕先生のご紹介

是非一度ご紹介をさせて頂きたくUPしました!!
個人的に何度か警察武道館で稽古をつけていただいたのですが
恐ろしく強く、とてもやさしい方でした(涙)

〜ここで一言〜
瞬きのその一瞬が命取り(ガチです)

1990年 - 2001年まで12年連続で全日本剣道選手権大会に出場し、優勝6回・準優勝2回(内、2連覇2回。1996年 - 2000年の5年間、決勝に進出し続けた)の偉業を成し遂げる。また世界剣道選手権大会団体優勝4回・個人優勝1回、全国警察剣道大会優勝2回、全国警察剣道選手権大会優勝6回・準優勝1回・第三位3回(内、3連覇1回・2連覇1回)、国民体育大会(剣道競技)団体優勝1回・第三位2回、全日本選抜剣道七段選手権大会優勝5回・準優勝3回など、戦後の剣道史上最高・最多の戦績を残した上に自分で新記録を樹立しまたそれを自分で塗り替えたことから、「平成の剣豪」・「平成の超人」・「剣道界の鉄人」・「努力の天才剣士」などと称される。宮崎が初出場初優勝を果たした当時の全日本剣道選手権大会は現在と異なり段による出場制限があったため、宮崎は六段を取得するまで出場できなかった。初優勝の翌年も優勝し、それまで長く続いてきた「全日本剣道選手権は連覇できない」というジンクスを史上初めて打ち崩したことでも有名。数々の実績をあげても決しておごらず、常に自然体で臨む姿勢が高く評価されている。
 全日本剣道選手権大会神奈川県予選には2001年を最後に参加せず、選手とコーチを兼任していた。2003年10月の全国警察剣道選手権大会での3回戦敗退(対 米屋勇一戦)を最後に現役引退し、以降はコーチに専念。 現在は師範としても数々の指導実績をあげている。実弟は宮崎史裕(現在神奈川県警察警察官)。ライバルは石田利也(現在大阪府警察警察官・大阪府警察特別術科訓練剣道師範)。

1963年(昭和38年)2月5日に神奈川県横浜市鶴見区で誕生。
1969年(昭和44年)4月 横浜市立下野谷小学校に入学。1年時から玄武館坂上道場(横浜市鶴見区)で剣道を始める。
1975年(昭和50年)4月 横浜市立寛政中学校に入学。
1978年(昭和53年)4月 神奈川県内の剣道強豪校である東海大学付属相模高等学校に進学。
  (1年時からレギュラーになり、3年時にインターハイ県予選で個人・団体共に優勝しインターハイ出場。国民体育大会等にも出場)

1981年(昭和56年)4月 神奈川県警察に奉職。現在に至る。
1997年(平成9年)第46回「神奈川スポーツ賞」受賞。
   (剣道競技者の同賞受賞は、1960年(昭和35年)第9回の中村太    郎以来、37年ぶり2人目)

1999年(平成11年)第49回「日本スポーツ賞(特別賞)」受賞。
   (オリンピック出場選手以外の同賞受賞は史上初)

2008年(平成20年)1月神奈川県警察特別術科訓練剣道部監督に就任。
2009年(平成21年)5月2日 八段審査に合格。教士八段。

全日本剣道選手権大会
1990年 - 第38回 優勝
【決勝】対 白川雅博 (東京) メメ
1991年 - 第39回 優勝
【決勝】対 栄花英幸 (北海道) メメ
1992年 - 第40回 3回戦敗退 〈対 稲富政博(佐賀)〉
1993年 - 第41回 優勝
【決勝】対 宮崎史裕 (神奈川) メ
1994年 - 第42回 準々決勝敗退 〈対 田島稔(東京)〉
1995年 - 第43回 3回戦敗退 〈対 高橋英明(京都)〉
1996年 - 第44回 優勝
【決勝】対 原田悟 (東京) コ
1997年 - 第45回 準優勝 〈対 宮崎史裕(神奈川)〉
1998年 - 第46回 優勝
【決勝】対 江藤善久 (大阪) メ
1999年 - 第47回 優勝
【決勝】対 江藤善久 (大阪) メメ
2000年 - 第48回 準優勝 〈対 栄花直輝(北海道)〉
2001年 - 第49回 2回戦敗退 〈対 田崎智春(福島)〉
世界剣道選手権大会
団体戦
1988年 - 第7回(韓国)  優勝
1991年 - 第8回(カナダ) 優勝
1994年 - 第9回(フランス)優勝
1997年 - 第10回(日本)  優勝
個人戦
1991年 - 第8回(カナダ) 準決勝敗退
1997年 - 第10回(日本)  優勝
【決勝】対 宮崎史裕 (神奈川) コ
全国警察剣道大会(団体戦)
1998年 - 第46回 優勝
1999年 - 第47回 優勝
全国警察剣道選手権大会(個人戦)
1985年 - 準優勝
1990年 - 第三位
1991年 - 優勝
1992年 - 第三位
1995年 - 優勝
1996年 - 優勝
1997年 - 優勝
1999年 - 優勝
2000年 - 優勝
2001年 - 第三位
(1985年 - 2003年まで19年間連続出場。全国警察剣道選手権大会と全日本剣道選手権大会を同じ年に制した選手は、中村太郎(神奈川県警)〈'55〉・中村毅(警視庁)〈'70〉・宮崎正裕(神奈川県警)〈'91・'96・'99〉・内村良一(警視庁)〈'06〉のみ)

国民体育大会(団体戦・剣道競技)
1998年 - 優勝(かながわゆめ国体)
2003年 - 3位(NEW!!わかふじ国体)
2004年 - 3位(彩の国まごころ国体)
(1987年 - 2005年まで19年間連続出場)

全日本選抜剣道七段選手権大会
優勝5回・準優勝3回

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2009年10月05日

情熱大陸:剣道 寺本 将司 

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寺本選手のご紹介

寺本 将司(てらもと しょうじ、1975年4月17日 - )は日本の剣道家(錬士六段)・大阪府警察警察官・剣道日本代表。熊本県熊本市出身。現在大阪府警察第一機動隊所属・警部補。


高校
インターハイ 出場

大学
全日本学生剣道大会 団体3位

社会人
全日本剣道選手権大会
2007年:優勝
2008年:優秀選手賞
2009年:
世界剣道選手権
2003年:団体優勝(先鋒)
2006年:団体3位(中堅)
2009年: 団体優勝(大将)
全国警察剣道大会(団体)
2000年:優勝
2001年:優勝
2002年:準優勝
2003年:準優勝
2004年:準優勝
2005年:準優勝
2006年:優勝
2007年:優勝
2008年:第三位
2009年:
全国警察剣道選手権大会(個人)
2005年:3位
2007年:準優勝
2008年:準優勝
2009年:5位(ベスト8)


※情熱大陸の記事をアップしました!!
動画については、近日アップ致します!

日本剣道界のエース・寺本将司(てらもとしょうじ)34歳。大阪府警第一機動隊に所属し「大阪に寺本あり」と全国にその名を轟かせる男だ。
柔道や空手と並んで日本の「お家芸」である剣道は世界の舞台でも「勝って当然」3年に一度の世界大会では12連覇の偉業を成し遂げたが、前回大会で初めて韓国に王座を奪われた。「日本の剣道史上、歴史的な汚点」と酷評された屈辱の敗北から3年―今年、日本選手団の主将に選ばれた寺本は「世界一の奪還」という大きな使命を背負うことになった。
 番組では、警察官としての職務の傍ら家族や仲間に支えられながら厳しいプレッシャーと闘い続ける寺本の姿を1年間にわたって取材。日本剣道の復権をかけてこの夏、ブラジルの世界大会に挑んだ寺本ら日本の「サムライ達」の獅子奮迅の闘いぶりに密着した!

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2009年10月02日

神奈川県警剣道選手:正代選手 上段の構えで日本一

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「試合が大きいからといって気負いはない。こつこつとやってきたことを出せればいい」

 日本武道館(東京都千代田区)で11月3日に行われた全日本剣道選手権大会の決勝。両者一歩も譲らぬまま迎えた延長9分58秒。相手が勝負の小手を仕掛けようと間合いに入った瞬間、無心で振り下ろした竹刀は、鮮やかに相手の頭頂部をとらえた。その瞬間、自身として初、上段の構えとしては四半世紀ぶりの日本一の栄冠に輝いた。「日本一になったという思いよりも、終わってほっとした感じだった」

 小学5年で始めた剣道は、「最初は正座ばかりさせられて退屈だった」。しかし、両親と「やめない」と約束して始めた剣道にしだいに魅了されていった。

 地元熊本の強豪校、県立八代東高に進学。寮から通い、猛げいこに励んだ。転機は高校1年の夏。監督に上段の構えへの変更を勧められた。両手を上げて構えると胴とのど元ががら空きになる。その逆境が、“すき”を打ち消すだけの気力と精神力を培った。

 目立った成績ではなかったが、人並みはずれたスタミナと、片手で竹刀を振り下ろすことができる手首の強さに将来性を感じた神奈川県警の宮崎正裕監督が勧誘。強豪選手が集う同県警のけいこに不安を覚えたが、「やってだめならだめでいい。やるべきことをやって将来出られなければ、それでいい」と開き直った。

 初出場の全国大会個人戦は剣道人の夢の舞台、全日本剣道選手権大会だった。今回、4度目の挑戦で日本一の座を勝ち取った。

 今の目標は全国警察剣道大会での優勝だ。「警察の大会で勝つことができなければ警察官になった意味がない」。日本一の剣士は次を見据えて語気を強めた。

※11月3日 日本武道館で全日本選手権に出場する正代選手2連覇出来るか楽しみです!!!

正代選手のご紹介

1981年3月25日 - 熊本県熊本市に生まれる。
1991年− 白坪剣道愛育会で剣道を始める。
1993年4月 - 熊本市立花陵中学校に入学。
1996年4月 - 熊本県立八代東高等学校に入学。
1999年4月 - 神奈川県警察に奉職。現在に至る。
2008年11月 - 全日本剣道選手権大会で初優勝。

高校

1998年 玉龍旗(団体ベスト8)
社会人

全日本剣道選手権大会
優勝:2008年
優秀選手賞:2007年
全国警察剣道大会(団体)
優勝:2004年 - 2005年
準優勝:2006年 - 2008年
第三位:2002年
全国警察剣道選手権大会(個人)
第三位:2007年
第五位:2003年・2008年・2009年
国民体育大会(剣道・団体)
第三位:2003年- 2004年

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2009年09月30日

スポーツ大陸:己に克て〜剣道・高鍋進〜【取材記者コメント】

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“左拳と心”を巡る終わりなき戦い
美しい素振りをする剣士。最初の取材で受けた、高鍋進の第一印象だった。

 武器は、わずか10分の1秒で打ち抜く「最速の面」。聞けば、学生時代の日々の朝げいこに始まる猛練習が土台だという。しかし、限界を超えた努力は、剣士の命・左腕の故障を引き起こす。手首の酷使による骨のえ死。切断した骨を固定するための金属板と4本のネジは今も埋まっている。さらに去年末、竹刀が握れないほどのしびれのため、再び左腕を手術。しかし高鍋はその後も、時に5000本の素振りを自らに課した。一振り、一振り、息を止め、歯を食いしばる、その素振り。「最速の面」は、大きな代償の末の一撃。研ぎ澄まされた美しさの奥に、底冷えするすごみが見えてきた。


「手元が上がる」癖。それは、力を出し切れない「弱い心」だという。
※※※これは、奥が深い・・・・・・・・・・・・・・・・。※※※


 「最速の面」を武器にした攻めの剣道が高鍋の真骨頂。しかし、3年前の世界選手権で高鍋がアメリカ選手に敗れ、日本初の団体戦の王座陥落の一因となって以来、その剣道に迷いが生じていた。それを恩師に喝破される。「左拳は心。手元が浮くということは、心が浮いているんだ」。相手の攻めに対し、手元を上げ守ってしまう。なぜ自らの剣道を見失っていたのか。「もう負けたくない、打たれたくない」。恐怖として心に刻まれた、3年前の屈辱的な敗戦。最後の世界選手権に向け、自らの心と向き合う日々が始まる。


3年の歳月を経て、あの敗北は、「屈辱」から「成長の糧」に。

 取材の節目で思い出したのは、サッカー日本代表のオシム前監督にインタビューをした時の言葉。「人生は敗北の連続だ。しかしそこから学ぶことができれば、それは敗北ではない」。どのような結果であれば、敗北ではなくなるのだろうか。
 それは日本が優勝を決めた後の試合に訪れた。前回大会で敗れた選手との再戦。高鍋は、手元をあげなかった。結果は引き分けだったが、対戦相手は「恐怖を感じた」というほどの、攻めの姿勢。これが「きっかけ」だった。
 2週間後、高鍋は全日本選手権に次ぐ大きな大会で会心の剣道を見せる。一昨年の全日本覇者・寺本将司、昨年の覇者・正代賢司を連破。決勝でも、世界選手権で活躍した木和田大起に「最速の面」で一本勝ちし優勝。「負けることの恐れよりも、相手を攻め崩す気迫が上回っていた」。3年前の敗北は「屈辱」から「成長の糧」に昇華した。高鍋が大切にする言葉「一意専心」。う余曲折を経て、自らの剣道を見つめ直した33歳の剣士、修行の果てに何が見えるのだろう。




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